#1E1E1E

アニメや漫画の作画技術を上達させるには

子供向け本の表紙―ターザンのイラスト画

「絵がうまくなりたい」と思ったとき、何をしたらいいでしょうか。最初に考えたいのは、うまくなりたい絵の方向性です。たとえば、将来は画家になりたい人と、雑誌でイラストのカットを描きたい人とでは磨く技術は違います。

ここでは、アニメーションと漫画、それぞれの描きかたの違いや、作画スキル向上の方法について、アニメーターを経て漫画家として活躍する花村ヤソさんに伺いました。

アニメの作画は実物の動きの観察から

花村ヤソさんは、アニメーターとしてプロダクションI.Gで経験を積んだあと、アニメ制作現場を舞台にした漫画『アニメタ!』を発表している漫画家です。

小学生のころは漫画家に憧れ、高校生のときに「新世紀エヴァンゲリオン劇場版 Air/まごころを、君に」を観て作画の奥深さに魅せられ、アニメーターを志したという花村さん。高校卒業後はアニメ制作を学ぶ専門学校を経て、プロダクションI.Gへ入社します。

上空から見下ろした砂浜の人々とパラソルの水彩画風のイラスト

夢中になれるものが見つからなかった真田幸は、偶然目にしたあるアニメに心を奪われる。高校を卒業後、アニメ業界に入るため、ずっと憧れていたアニメ制作会社の採用選考を受けるが……。アニメ業界の今と、アニメーターを志す主人公を描く/『アニメタ!』著:花村ヤソ/発行:講談社

順調にアニメの道を掴みつつあった花村さんですが、当時のことをこう振り返ります。

「専門学校でも勉強していたものの、実際の制作現場では右も左もわからなくて。動画(※1)の中割り(※2)は何を描くの? 原トレ(※3)って何? という状態でした」(花村さん)

・※1 動画:原画と原画の間に、指示された枚数の動きの絵を描き足し、一連の動きを完成させるための工程および素材。新人アニメーターが最初に取り組む主な仕事でもある。

・※2 中割り:原画と原画の“間の絵”を足す作業のこと。

・※3 原トレ(原画トレス):原画の線をなぞって清書すること。

「柳の中の風」をイメージ化した本の表紙絵 「柳の中の風」をイメージ化した本の表紙絵

新人アニメーターはまず線を原トレや中割りで線や動きを学ぶ/『アニメタ!』著:花村ヤソ/発行:講談社

『アニメタ!』の主人公で新人アニメーターの真田幸とまさに同じ状態。

作画でも現場で求められる水準に追いつく必要があります。アニメ制作会社に入ってからは、ひたすら動画を描き続ける、数が勝負の日々。激務の中で花村さんは、絵がうまいとはどういうことか気づきがあったそう。

「井上俊之さんや沖浦啓之さんのようなベテランアニメーターの絵を見て自分で描いても、なかなか同じようにはいかない。なぜだろう?と、よく観察するうちに、基礎となるデッサン力はもちろんのこと、空間把握能力や映像を視覚的に捉えて、手元の紙に落とし込む力の違いがハッキリとわかりました。

ただ描くのではなく、腕の関節の曲げ伸ばし、立ち座りに服のシワの入りかた、ベテランの方々が描くあらゆることを見て、何度も描いてみましたね。まず大切なのは観察。外に出て、道行く人や自然、あらゆることを観察してみるのも大切です」(花村さん)

描きたい動きがある場合は、実際に自分で動いてみれば重心の位置もわかります。それをスマホなどで撮影し、動画で繰り返し再生しながら描くなど、“見る・描く“を繰り返すことが第一歩だといえそうです。

漫画はページのなかの“映え”を意識する

プロダクションI.G退社後、結婚を機にプロダクションI.Gを退職したあとは、同人誌を何冊か描きコミティア(※4)などで販売していたという花村さん。

コミティア会場で行なわれた第一回「モーツー×ITAN即日新人賞(※5)」には落選するものの、自らモーニング・ツー編集部にネームを持ち込みます。その後『アニメタ!』の連載をすることに。

・※4 コミティア:プロ、アマチュア問わず自主制作した漫画を発表・販売する展示即売会。

・※5 モーツー×ITAN即日新人賞:2013年から2018年までコミティア会場で開催された即日選考・即日発表、さらには即日デビューもありの新人賞。

アニメと漫画はまったく異なるもの。コマ割り、フキダシなど漫画独自の技術はどう学んだのでしょうか。

「最初の頃は見よう見まね。同人誌を見た編集者からは『全然漫画になってない』とも言われました(笑)。当たり前ですが、漫画だと絵の一部がフキダシで隠れてしまい、そこにある絵をすべて見せられるわけじゃない。アニメは画面をすべて見せたいもので構成できるから、最初はすごく違和感がありましたね。

フキダシ、描き文字や効果線など、細かい『これはどうすればいいんだろう?』をチェックしたり、『MONSTER』(浦沢直樹)、『SLAM DUNK』(井上雄彦)、あとは羽海野チカさんの作品を読み込んで、ひとつひとつ勉強していきました」(花村さん)

「柳の中の風」をイメージ化した本の表紙絵

ネームと完成原稿の比較。クレジットに自分の名前を見つけた主人公が、じわりじわりと感動をわきあがらせていく時間経過の演出が変化している。暗闇の中、画面の光が反射して涙が輝いて見える“映え”が盛り込まれている/『アニメタ!』著:花村ヤソ/発行:講談社

「柳の中の風」をイメージ化した本の表紙絵

会場のにぎやかさと、声を押し殺して泣く主人公、それを見守る人。完成原稿ではページ全体に「パチパチ」のオノマトペを入れ、にぎやかさが引き立つ/『アニメタ!』著:花村ヤソ/発行:講談社

描き文字や効果線はアニメにはないもので、言ってみれば絵の一種。とても苦労したといいます。当時、花村さんの担当編集者からは、雑誌のターゲット層も踏まえ「モノローグに頼らず、絵で証明する」ことが大切だという話も。同時に、キャラクターの感情はモノローグに乗せたほうが伝わりやすいなど、自分なりの発見を重ねていったそうです。

「『アニメタ!』1巻を見返すと、アニメの作画と同じで線を最後までかっちりつなげて、絵がかたい。線も少なくして立体感が出るようにしていました。でも、これはアニメのやりかただったんです。

なぜ映えないのだろう? と考えた結果、この作品は熱血ストーリーの青年漫画でもあるので、線を増やし、勢いよく線を描いていくほうが映えるということに気づきました。

私の場合、漫画の絵では、“映え”とわかりやすさを重視しています」(花村さん)

絵本作家Anna Daviscourtさんによる絵本挿絵アドビ・チュートリアル(ライブ)
絵本作家Shauna Lynn Panczyszynさんによるハリー・ポッター挿絵アドビ・チュートリアル(ライブ)
1巻(左)と5巻(右)の比較。絵や線のかたさ、密度が変化している/『アニメタ!』著:花村ヤソ/発行:講談社

アニメであれば、少ない線で豪華に見せることは高度な技。一方で漫画であれば、また違った線が求められます。

下は、主人公・真田幸を漫画用の線、アニメ用の線で描き分けたものです。

漫画の絵では、フルデジタルで作業しているため、“アナログっぽさ”がでるように線の質感を変えている一方で、アニメ用に動画の線で描く場合、仕上げのスタッフが色を塗りやすいよう線を均一にしてつないでいます。

原画であればもう少しラフに描き、勢いを優先していき、雑誌やグッズ向けにアニメのキャラクターなどを描く「版権イラスト」の場合は、見栄えが優先されるため、漫画用の絵のようにタッチを多めにしたり、線をつながず抜け感を出したりすることも多いそうです。

上空から見下ろした砂浜の人々とパラソルの水彩画風のイラスト

花村さんの場合、漫画用の線でアナログ感が出るようにあえて質感のあるペンで描いている

上空から見下ろした砂浜の人々とパラソルの水彩画風のイラスト

アニメ用の絵では線を均一にして、塗りやすいように描いていく

自分が漫画で描きたい線はどういったものか?

密度はどれくらいあればいいのか?

これで表現できているのか?

プロになってからも、ここは試行錯誤し続けることになるところです。

観察と実践の積み重ねで強みを見つけていく

花村さんがアニメーター、漫画家、それぞれの経験から言えるのは、特に大切なのは観察し、手を動かしてかたちにすること。次に、自分が描いた絵をよく観察することです。自分の絵に何が足りないのかをチェックする際に参考になるのが、もともと自分が好きなもの。たとえば、ファッションが好きな人なら「おしゃれが好きな女の子なら、どういうヘアスタイルをするか」を観察し、描いていく。躍動感のある動きに憧れていたなら、アクション映画やスポーツの試合を見てみるのもいいでしょう。

上空から見下ろした砂浜の人々とパラソルの水彩画風のイラスト

修正前ネーム(左)、修正後ネーム(中)と完成原稿(右)。中央のコマの修正を比較すると、原画用紙から、心の内を見透かすような表情に変更したことで、下段のコマで心が揺れ動く表情が引き立つ/『アニメタ!』著:花村ヤソ/発行:講談社

「私が高校生だったころは、現在のようにインターネットは一般的なものではなかったので、本当にうまい人の絵を見る機会って貴重だったんです。

大人になり入ったアニメ制作スタジオに作画の天才が大勢いたので、自分がどれほど井の中の蛙だったのかを実感しました。でも今はSNSでさまざまな絵に触れられます。自分が『すごい!』を思った人の絵を観察したり、身近にいる絵のうまい人と一緒に描いたりするのもいいですね」(花村さん)

いろいろなものを観察し、描くことは、自分が描きたいものや強みを発見していくことにもつながります。オリジナルのイラストを描きたい人が、練習を重ねるうちに「ほかの誰かが考えたキャラクターを動かすほうが向いている」と発見するケースや、躍動感あるバトルアクションを作画で表現したいと考えていた人が、歩く・走るといった日常の動作が得意であることに気づくことも。絵を描くことは自分との戦いの連続。どんな武器を身につけていきたいか、得意な方向性は何か、観察と実践を繰り返していきましょう。

(取材協力:花村ヤソ)©︎花村ヤソ/講談社

https://main--cc--adobecom.hlx.page/jp/cc-shared/fragments/roc/seo/product-blade/illustrator